« 反省 | トップページ | 新潟県中越地震関連:さまざまなblogより »

パソコンと私(3)

 の続き。
 大学ではpascalという言語の授業が必修だった。昔やっていたBASICに似ているところがあり、そんなに苦にはならなかったけれど、授業で使ってそれっきり、ということになってしまった。大学のパソコンルームに足を運ぶことも少なかった。
 時は流れ、気が付くと各学生にアドレスが割り当てられていた。学部の共用パソコンにアクセスすると、確かにメールが使えるようになっている。とはいうものの、まだWIN3.1の時代。そんなにメールをやり取りする相手がいるわけでもない。
 ただ、囲碁部の先輩方にはすでにメールを使っている方も多く、連絡には重宝した。また、基本的なことを教えてもらう機会にも恵まれていた。そんなこともあって、元々意欲的にメールに取り組んでいたわけではなかった割には、使う機会が多かった。22才の誕生日にメールをもらったのも、このようなことが背景にあり、パソコンを通信のための道具として見るようになっていった。

|

« 反省 | トップページ | 新潟県中越地震関連:さまざまなblogより »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: パソコンと私(3):

« 反省 | トップページ | 新潟県中越地震関連:さまざまなblogより »