« 普段取り上げない広告主から、2作品 | トップページ | 選挙、こんなこともある »

食べものを疑いながら生きていくのは、かなしい。

 …こう書くと、「あ、あのCMだ!」と思われた方もいるだろうけれど、今回は違う。
 牛肉がやってくる話。

 まず、前提として、リスクを考えれば食品以外も含めた世の中の他のこととの冷静な比較は必要だと思う。消費者自身が、科学的に判断するのかそれを無視するのか、自分の立場を自覚する必要はあると思う。ただ、それには前提があって、「こうします」「こうなります」と言われていることがどの程度きちんと守られるのかあるいは危ういのか、これがわからないと判断のしようもない。

 そこで素朴な疑問。
「食べるかどうかは日本の消費者が決めればいい、信頼できないから輸入するなではなく、信頼できない人は食べなければいい。食べたい人がいるのだから輸入自体は構わない」あるいは輸入すべきだ、という意見がある。
 この前提は、アメリカは信頼できないかもしれないが、

 日本国内は信頼できる

ということ。今どきそんなことがよく言えたものだと思う。
 いや、僕が知らないだけで、日本国内では他の食品はともかく牛肉だけはがんじがらめの体制で不正など不可能な状態になっているのだとすれば、上記意見は妥当かもしれない。ただ、牛肉だけがそれほど厳格であることにどれだけの意味があるのかという疑問は残る。

 万が一の時には、多分、外食産業も、それを食べる消費者も、「安全だと言われたから提供した」「安全だと言われたから食べた」ということになるだろう。ただ、現時点で、あえて使用しないことを表明している牛丼屋もある。信頼できるのかどうか、その判断も含めて行動するしかないとすれば、示されたリスク自体の妥当性、正確性を疑いながら判断するしかないのかもしれない。
 不祥事が将来発覚する可能性を会社ごとに探りながら株式投資をするような感じ。公表されていない情報を推測していたらキリがないのだけれど。

追伸:都合のいい時だけ科学的根拠を持ち出してくる国に対しては相応の返答をすべきだと思うのだが。

|

« 普段取り上げない広告主から、2作品 | トップページ | 選挙、こんなこともある »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 食べものを疑いながら生きていくのは、かなしい。:

« 普段取り上げない広告主から、2作品 | トップページ | 選挙、こんなこともある »